東京地方裁判所 平成9年(ワ)10834号 判決 1997年10月28日
原告
岡田幸治
右訴訟代理人弁護士
中村健
被告
日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
廣瀬淸
右訴訟代理人弁護士
長谷川久二
右同
福嶋弘榮
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、五〇万円及びこれに対する平成九年六月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求原因
1 原告は、平成九年一月九日、被告との間で次の保険契約を締結した(甲一号証)。
保険の種類 賠償責任保険
特別約款 ゴルファー
担保の種類 ホールインワン等
保険金額 ホールインワン五〇万円
2 原告は、平成九年二月八日、静岡県田方郡天城湯が島町大平柿木一一九〇―一天城につかつゴルフ倶楽部において、他の競技者三名を同伴して、オートカートにて競技中(ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用していない)に、同ゴルフ倶楽部松見コース四番ホール(パー三、一五九ヤード)において、ホールインワンを達成した(甲二号証)。
原告は、ホールインワンの達成を記念してパーティを主催し、パーティ費用、記念品代金等で五〇万円を超える支出をした。
3 原告は、被告に対し、約定の保険金五〇万円の支払を求めたが、被告は、原告の達成したホールインワンについては、ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用していないことを理由に保険金の支払を拒否した。
4 ゴルファー保険のホールインワン費用担保特約条項二条(1)項においては、ゴルフ競技とは、「ゴルフ場において、他の競技者二名以上と同伴し(ゴルフ場が主催又は共催する公式競技の場合はこの限りではない。)、かつ、ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用し、基準打数(パー)三五以上の九ホールを正規にラウンドすることをいう。」と定義されており、キャディの帯同を保険金請求の要件としている。
しかしながら、ゴルフプレイにキャディを同伴することとホールインワンの達成とは全く無関係であり、キャディの帯同を保険金請求の要件とする合理的な理由としては、第三者の確認を要求することにより不正な保険金請求を防止すること以外にはない。
したがって、前記用語の定義中、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用する」との文言は例文にすぎないものと解釈すべきであり、客観的にホールインワンの達成が事実として証明された場合には、保険金は支払われるべきものである。
原告は、前記のとおり、キャディ不帯同でのプレイ中にホールインワンを達成したものであるが、原告のホールインワンの達成事実については、同伴競技者の外、後続パーティの四名の競技者及びこれに同伴していたゴルフ場所属のキャディがティグランド上で直接目撃して事実を確認している。そして、天城につかつゴルフ倶楽部も、原告のホールインワン達成の事実が証明されたものとしてホールインワン証明書(甲二号証)を発行した。
右事実からすれば、原告のホールインワンの達成は、ゴルフ場所属のキャディ同伴プレイ中に達成したホールインワンと全く同一視すべきものであり、被告が右特約条項を盾に保険金の支払を拒否するのは不当というほかない。
5 よって、原告は、被告に対し、約定保険金五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成九年六月一七日から支払済みまで商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1記載の事実は認める。
2 同2記載の事実は知らない。
3 同3記載の事実は認める。
4 同4記載の事実中、ゴルファー保険のホールインワン費用担保特約条項二条(1)項に「ゴルフ競技」の定義として原告主張のとおり規定され、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」が保険金請求の要件となっていることは認めるが、その余の主張は争う。
5 被告の主張
原告と被告が締結した賠償責任保険は、一般にホールインワン特約付きゴルファー保険といわれるものである。
本件で問題となっているゴルファー保険のホールインワン・アルバトロス費用担保特約条項は、被保険者がゴルフ競技中にホールインワン又はアルバトロスを行った場合に、慣習として贈呈用記念品購入、祝賀会等の費用を負担することによって被る損害をホールインワン・アルバトロスの保険金額(本件では五〇万円)を限度に填補するものである。
右特約条項に基づく保険金を請求するためには、同条項に定める要件を満たさなければならない。本件で問題となっているのは、「ゴルフ競技」の要件に該当するか否かであるが、その定義は原告が主張するとおりであり、原告は、その行ったゴルフ競技が「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用していなかったこと」を認めている。
ちなみに、現行の特約条項二条(1)項は、平成元年一一月一日に改定されたものであるが、右改定により、公式競技の場合でもキャディの使用が必要条件であることが明確にされた。
原告は、「ゴルフ競技」についての定義は例文であると主張するが、右改定の経緯からも明らかなとおり、キャディの使用は公式競技においても必要とされた(むしろ、規定は強化された)のであり、キャディの帯同は例文などではない。
ゴルフ競技の要件としてキャディを補助者として使用することが求められるのは、第三者の確認を要求することにより不正な保険金請求を防止することにある。
四 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1、3記載の事実及び同4記載の事実中、ゴルフアー保険のホールインワン費用担保特約条項二条(1)項に原告主張のとおりの定義規定が置かれており、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」が保険金請求の要件とされていることは、当事者間に争いがない。
甲二号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2記載の事実が認められる。
二 証拠(甲四号証、乙一ないし一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 被告におけるゴルフアー保険の現行のホールインワン費用担保特約条項二条(1)項は、平成元年一一月一日に改定されたものであるが、改定前は公式競技の場合には、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」が要件とされていなかったのに、改定後は公式競技の場合にも、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」が要件とされたこと
2 被告では、これまでにキャディ不帯同の場合にホールインワン保険金が支払われた例は全くないこと
3 被告以外の他の保険会社(東京海上、住友海上、三井海上、安田火災、日動火災、AIU、シグナ)におけるゴルファー保険のホールインワン費用担保特約条項においても、「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」が保険金請求の要件とされていること
4 「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」を保険金請求の要件とした理由は、第三者の確認を要求することにより、保険金詐取等の不正な保険金請求を防止すること(キャディ帯同という形式要件を設けることにより、仲間内で虚構のホールインワンを作出しようと企図すること自体を未然に抑止する効果を含む。)及びホールインワン達成の事実の証明をキャディの現認という証拠方法に限定することにより、支払要件の確認が客観的、定型的となり、調査コストの節約ひいては合理的な保険料の設定と円滑な保険料の支払を提供するという保険制度の目的に資することにあること
三 右事実によれば、ホールインワン費用担保特約条項二条(1)項が「ゴルフ場所属のキャディを補助者として使用すること」を保険金請求の要件とすることには保険実務上、十分な合理性があると認められ、この文言をもって例文にすぎないと解することは相当でない。
ホールインワン達成の事実さえ証明されれば、ホールインワン保険金は支払われるべきものとすることも一つの考え方であるが、要は右事実の証明を保険実務の上でどう位置づけるかという政策論であり、原告主張のような考え方は、支払要件の確認をできるだけ客観化、定型化しようとする保険実務の考え方とは相容れないと評するほかない。
そうだとすれば、原告の本件請求が右特約条項の要件を満たしていないことは、原告の自認するところであるから、原告がホールインワンを達成した事実が他の証拠方法により証明できたとしても、原告の請求を容認する余地はないというべきである。
四 よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官髙柳輝雄)